父と母を見送って、準備しておけばよかったと思ったこと
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このサイトを作ったのは、自分が両親を見送ったとき、何も知らなかったからです。
一度目は何も準備できませんでした。二度目は、一度目の反省から少しだけ準備ができました。その差がとても大きかったので、同じ立場の人が急に決めなくて済むように、調べたことをまとめておこうと思いました。
これは1つの家族の経験です。一般的な話として読まないでください。費用も作法も、家や地域、宗派によってまったく違います。
父のとき:余命を告げられても、何もしなかった
数年前、父ががんで亡くなりました。闘病は3年ほどでした。
最初に病名と余命1年を告げられたときは、頭が真っ白になったのを今でも覚えています。ただ、いちばんショックだったのは本人だったと思います。
抗がん剤治療のかいもあって、父は3年生きました。そして家族は、「病気は治った」「このまま長生きする」という錯覚に陥りました。
本当は、あのときに準備を始めるべきでした。 余命を告げられているのだから、家族から相談を持ちかけて、少しずつ整理を進めておけばよかった。今はそれを後悔しています。
「昨日まで元気だったのに」
ある日、父が急に体調を崩して入院しました。少ししたらまた元気に帰ってくると思っていました。
入院したとき、医師から「危ないかもしれません」と言われました。それを聞いても、「昨日まで元気だったのに」と思い、何もしませんでした。
その翌日、父は亡くなりました。
病院を出るまでの時間は、思っているより短い
どうしてよいか、はっきり言ってわかりませんでした。
病院からは「明日までにお引き取りを」と言われました。葬儀社は紹介もできるので早めに検討してください、とも言われました。
正直、冷たいと感じました。ただ、それが常識らしいのです。毎日のように人が亡くなる病院では、事務作業のように進んでいきます。
悲しむ時間と、決める時間は、別にはやってきません。
何も知らないまま、親戚に頼った
まず葬儀を決めました。地元の親戚に相談して決めました。
お墓も、菩提寺も、正直わからなかったので、これも親戚に相談しました。自分も家族も無宗教でしたが、結果として、その親戚の本家と同じ宗派に、お墓ごとお願いすることになりました。
冷静に調べたり、誰かに相談したりする時間が、まったく足りませんでした。
段取りが合っているのか、予算が妥当なのか、考える余裕はありませんでした。とにかく無事に葬儀を終わらせることだけを考えていました。
コロナが流行する前だったこともあり、たいそうな規模の葬儀になりました。費用は約数百万円かかりました。
今思えば、葬儀もお墓も、自分にはあの規模は必要ありませんでした。
子どもに残すもののことまで、考えられなかった
もうひとつ、あとから思ったことがあります。
将来、自分の子どもたちのことを考えれば、お墓の管理を子どもにさせなくて済む形を選ぶこともできたはずです。
でも、そのときは、その選択肢があること自体を知りませんでした。
葬儀が終わってから始まったこと
葬儀のあとで、父の財産も負債も、まったく把握していないことに気づきました。
部屋を片づけながら書類を整理し、口座の解約や借入の清算をして、1か月ほどかかりました。
そして今でも、「ほかにも何かあるのでは」とときどき不安になります。 これは、聞いておかないと終わらない不安です。
母のとき:一度目の反省が効いた
その後、母も亡くなりました。
母は、父が亡くなったころに病院で診断を受けていたのですが、そのことを家族に一切話していませんでした。
亡くなる1年ほど前、代わりに薬をもらいに行ったときに、お薬手帳の中身で気づきました。 本人に聞いても、診断を受けたこと自体を忘れていました。
亡くなる半年ほど前に特別養護老人ホームに入所でき、その半年ほどあとに老衰で亡くなりました。母も体調を崩し、翌日には亡くなりました。
二度目は、落ち着いて動けた
母のときは、「危ないかもしれない」と早く察知できました。 コロナのあとだったこともあり、家族葬を手配することができました。
喪主は二度目だったので、自分自身も落ち着いて対処できました。 葬儀もお墓も、父のときと同じところに頼みました。ただ、それでも費用は大きかったです。
そして、父のときの反省から、母とは預金口座や借入について一通り話してありました。
そのおかげで、財産関係についても、冷静に対応することができました。 手際よく片づいた、という意味ではありません。何があるのかを知っていたというだけで、慌てずに済んだということです。
二度を比べて分かったこと
| 父のとき | 母のとき | |
|---|---|---|
| 心の準備 | 余命を告げられても、準備しなかった | 危ないと早く察知できた |
| 葬儀の決め方 | その場で、親戚に相談して決めた | 事前に手配できた |
| 葬儀の形 | 規模の大きな葬儀 | 家族葬 |
| 喪主 | 初めて | 二度目で落ち着いていた |
| お金のこと | 財産も負債も分からず、1か月かかった | 何があるか知っていたので、冷静に対応できた |
違いは「経験」ではなく、次の3つでした。
- 情報を知っていたか(何があるのか、何が必要になるのか)
- ある程度の想定が、前もってできていたか
- 家族と「もしもこうなったら」と話してあったか
とくに3つ目が大きいと思います。元気なうちに「もしものときはどうする」と話しておくことは、縁起でもないことではなく、残る人の頭の中に選択肢を用意しておくことです。
父のときは、その話をしていませんでした。だから、選ぶ以前に、選択肢を知らないまま決めることになりました。
それでも大変だったこと
母のときも、次のことは大変でした。
- 相続人どうしの話し合い
- 預金口座などの解約
- 持ち物の整理
- 役所の手続き
そして、介護も葬儀も手続きも、働きながらこなすことになります。 これは本当に難しい問題だと思います。
なにより、気持ちがつらいです。 淡々とやるしかない場面が続きます。
準備とは、段取りのことではない
ひとつ、はっきり書いておきたいことがあります。
段取りを踏んで、作業のように片づけたいわけではありません。
親が亡くなったあとに、決めること・手続きが次々にやってきます。でも、そんなときに事務的な気持ちにはなれませんし、なりたいとも思いません。 これは、効率よく処理する話ではないはずです。
正直に言えば、「亡くなる → 葬儀 → お墓」と流れていく日本の仕組みそのものにも、おかしいと感じるところがあります。 悲しんでいる時間と、決めなければならない時間が重なっていて、しかも決めるほうには金額が付いてきます。
だから、このサイトで書きたいのは**「手際よく済ませる方法」ではありません。**
知らないまま決めてしまうことを減らしたい、それだけです。知っていれば、選ばない、という選択もできます。
このサイトでやること
以上が、このサイトを作った理由です。
自分の経験から言えるのは、次の3つだけです。
- 時間があるうちにしか、調べられない。 亡くなってからでは、考える時間はありません
- お金のことは、元気なうちに聞いておく。 金額の多い少ないではなく、「何があるか知っている」だけで違います
- 家族と「もしもこうなったら」を一度話しておく。 そのときに決めなくても、話したという事実だけで、あとの判断がまったく変わります
ただ、私の経験はあくまで1つの家族のものです。だからこのサイトでは、自分の体験を一般化せず、公的な資料や各宗派の公式な説明で確かめられることを中心に書いていきます(このサイトの書き方と、書いていないこと)。
同じ場面に立ったとき、少しでも「知らないまま決める」ことが減ればと思っています。
急ぐ必要はありません。今すぐ何かを決めなくていいので、話だけでもしておいてください。